No.21 萩高等女学校生徒たちの慰問袋(江向、昭和10年代)



萩高等女学校生徒たちの慰問袋(江向、昭和10年代)

 戦地の兵隊さんへ手縫いの袋に品物と手紙をいれて送る慰問袋。萩高女では昭和12年(1937)7月、日中戦争勃発の直後から慰問袋の作製・発送を続けた。同15年の学校誌に4年生の一人は「私たちは、事変が始まって以来もう数えられぬ程、慰問袋を出している」と書いた。写真は講堂に袋を並べて、報道か記念のために撮影されたものらしい。昭和16年、対米英戦に突入し、以後年を追って戦局は悪化。生徒たちは多くの時間を稲刈り、麦刈り、学校農園、防空壕掘りなど勤労奉仕にさかれ、ついに同19年夏には学徒動員で3、4年生は光海軍工廠(軍の工場)へ出動した。