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「萩まちじゅう博物館」とは

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年8月6日更新
 

はじめに

萩市全景 田床山から 萩市は山口県の北東部に位置し、海岸部は日本海に面しており、また内陸部は中国山地の中山間部として多様な地形と広大な面積を有し、日本海にはいくつもの離島が点在しています。

 萩市の歴史は、古くは日本書紀にも見られる長門国の五郡の一つ「阿武郡」にさかのぼり、10世紀前後には、後白河院の知行する阿武御領と呼ばれるようになり、東大寺の再建の際には東大寺造営料国として用材の切出しが行われました。江戸時代には萩藩と徳山藩の所領となり、萩城下町は毛利輝元公による開府以来、400年の歴史を刻んでいます。幕末のころには、吉田松陰や高杉晋作など明治維新の原動力となった人材を数多く輩出し、「明治維新胎動の地」となりました。

萩のおたから

新しいまちづくりの取り組み

萩城跡と指月山

 萩市には、藩政期260年間に形成された城下町のたたずまいや町割りなどが今なお残り、「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」となっています。萩の城跡や武家屋敷、町家、維新の志士の旧宅、寺院等は、それぞれが日本を代表する貴重な文化財であるとともに、城下町全体がかけがえのない姿で残されています。更に、その傍らで近世そのままの空間が市民によって住みこなされ、いたる所に息づいていることこそ、優れた都市遺産であると言えます。

 昭和30年代から始まった高度成長という大きなうねりのなかで、全国の歴史的集落や町並みが失われた時代において、萩市はいち早くその保存に取り組んできました。昭和47年10月には、市独自の歴史的景観保存条例を制定し、堀内や平安古に残る土塀や武家屋敷を時代の荒波から守ってきました。


平安古地区の鍵曲

 この萩市の動きに呼応して、昭和50年に文化財保護法が改正され、伝統的建造物群保存地区が制度化されると、翌年には、全国で最初となる伝統的建造物群保存地区として、堀内と平安古の2地区が選定されました。更に、平成13年には浜崎、平成23年には佐々並市が追加で選定を受けたことにより、選定地区は全国最多の4地区となり、名実ともに日本を代表する町並み保存の先進地となっています。

 しかしながら、萩を物語る「土塀から顔を出す夏みかん」、「古い町家が続く町並み」、「萩の歴史を見守ってきた松の古木」といった代表的な風景が、都市化の波により徐々に失われつつあるのも事実です。


電線地中化後の浜崎本町筋

 このような背景により、萩市はまちじゅうを博物館としてとらえ、この都市遺産を大切に保存・活用し、萩にしかない宝物を次世代に確実に伝え、「萩に住んで良かった」「萩を終(つい)の住処(すみか)にして良かった」と日々実感できるような魅力あるまちづくりに努めるとともに、萩を訪れた人々に萩の良さや歴史を、愛着と誇りを持って伝えることで、「萩は、日本の心のふるさと」と思われるような、そんなおもてなしを推進する「萩まちじゅう博物館」という新しいまちづくりの取り組みを開始しました。



取り組みの開始

 平成15年6月5日に商工会議所や観光協会など団体の代表者や学識経験者、地域の代表者ら30名からなる「萩まちじゅう博物館整備検討委員会」を組織し、まちじゅう博物館整備の検討を始めました。

 委員会では全体会議のほかに、古き萩の面影を色濃く残す「堀内地区」、「浜崎地区」、「藍場川地区」、「旧松本村地区」の4地区に部会を設け、より具体的な検討を重ねました。 会議はそれぞれの地区での現地視察を含め全体で19回にも及び、様々な議論を経て「萩まちじゅう博物館構想」が取りまとめられました。 

 これを受け萩市は、同年11月11日に「萩まちじゅう博物館シンポジウム」を開催し市民に周知を図るとともに、条例整備にも取り組み、平成16年3月市議会で「萩まちじゅう博物館条例※」が可決され、同年4月1日から施行されました。更に、平成16年には「萩まちじゅう博物館 基本計画・行動計画※」を策定するとともに、まちじゅう博物館を分かりやすく紹介するガイドブックや手引書を作成しました。

※市町村合併後、新萩市として平成17年3月に改めて施行 

 そして、萩開府400年の記念日である平成16年11月11日に萩まちじゅう博物館は開館しました。


萩まちじゅう博物館の特色

「おたから」の例

 萩まちじゅう博物館の特色は、限られた地域や特定の物件だけを対象とするのではなく、萩のまち全体を対象とし、屋根のない博物館とみなしていることです。まちじゅうにある石垣や土塀、夏みかんの木や椿の花、更には伝統の祭りやかまぼこ工場まで、そこに物語を持つものを「おたから=都市遺産」呼び、それらの保存・活用を図っています。

 もう一つの特色は、萩に住む人々に萩の良さを再発見してもらうとともに、萩を訪れた人々にもワンコイントラスト運動などにより「萩まちじゅう博物館」という萩のまちづくりに参加してもらうことです。世界的遺産である萩のまちを、市民だけでなく世界の人々の理解と協力により守っていこうとしています。

 それでは、萩まちじゅう博物館の具体的な取り組みについてご紹介します。


萩まちじゅう博物館の中核施設・萩博物館

萩まちじゅう博物館の中核施設 萩博物館

 萩博物館は、まちじゅう博物館と同じく平成16年11月11日に、萩まちじゅう博物館の中核施設として開館しました。現在萩市では、この萩博物館の管理・運営をNPO萩まちじゅう博物館と協働で行うという先進的な取り組みを行っています。市職員である学芸員と事務局員とともにNPO会員である市民が萩博物館の管理・運営に携っています。NPO会員は、受付や案内、展示室でのガイド、清掃のほか、博物館内のショップやレストランの経営も行っています。ごく普通の市民が、おもてなしの心と優しい笑顔で萩博物館を訪れる人々を迎えています。



ワンコイントラスト(100円信託)運動

第1号物件 井上勝旧宅門

 現在、萩まちじゅう博物館を推進している市民の代表的な組織として、NPO萩まちじゅう博物館があります。約200名の会員が活発に活動を展開しています。このNPOと萩市が協働で行っているのが、ワンコイントラスト(100円信託)運動です。ワンコイントラストとは、文化財には未指定ながら萩にしかない貴重な「おたから」を観光客や市民の皆さんからの信託金により守ろうというもので、平成17年2月から取り組みを始め、現在、市内8ヶ所にワンコイントラストボックスを設置しています。トラスト物件の第1号には鉄道の父・井上勝の旧宅門が選定され、これまで9物件の修復などが完了し、現在では萩市の観光の新しい魅力づくりにも役立ち、信託金も累計で2,800万円を超えています。



萩ものしり博士検定

 萩市では、まちじゅう博物館にある萩の歴史や文化、自然などを広く市内外のみなさんに楽しく学んでもらおうと、平成17年から「萩ものしり博士検定」を実施しています。萩ものしり博士は、修士課程と博士課程の二段階となっており、毎年多くのみなさんが挑戦されています。平成18年以降は、難関を突破し、萩ものしり博士が誕生しています。萩市では、萩ものしり博士に「まちかど解説員」を委嘱し、まちじゅう博物館を推進する強力なサポーターとしての活躍を期待しています。また、平成20年からは、小学生を対象として「萩ものしり子ども検定」を始め、毎年多くの児童が検定にチャレンジし、子どもものしり博士に認定されています。

検定の風景萩ものしりブック萩ものしり博士検定

萩データベース

 萩データベースの画像萩の文化財、萩が輩出した偉人、各地域のおたからなどの情報をデータベース化し、「萩データベース」として萩まちじゅう博物館のホームページに掲載しています。パソコンやスマートフォン、タブレット端末等から、いつでも、どこにいても、萩の歴史・文化・自然に関する詳しい情報を知ることができます。 



おわりに

萩反射炉

 萩まちじゅう博物館は、市民とともに取り組む先駆的なまちづくりの事例として海外でもその手法が採り入れられるなど、高い評価を受けています。

 平成27年7月には市内の5資産を含む「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されました。また、萩は自然遺産の宝庫でもあります。火山に育まれた萩の大地の成り立ちや自然と人との関わりを学び、その魅力を広め伝えるため、日本ジオパーク認定を目指した推進運動も展開しています。

 これからも、誇るべきこれらの遺産群をはじめ、城下町などの町並みを保存し、歴史・文化・自然とともに様々な「萩物語」を継承し、より一層魅力あるまちとして世界の人々に紹介できるよう、萩まちじゅう博物館を推進していきます。

  

萩のおたから