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筋名復活事業について

印刷用ページを表示する 掲載日:2007年8月16日更新

▼目的

 「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」と言われる萩のまちで、市民が「萩の歴史と誇り」を再認識するとともに、観光客に萩城下町の風情や情緒を感じてもらうため、近年あまり使われなくなった筋名を復活させる「筋名復活事業」に取り組む。

▼事業内容

◆埋込サイン設置

埋込プレート 堀内地区と東田町までの御成道、城下町を中心に、ブロンズ製埋込サイン57個を街路上に設置しました。
 埋め込みサインは、町印、萩市の花(椿)、果樹(夏みかん)などをモチーフにした地域性のある萩らしいデザインです。

  • 設置箇所 57箇所
  • 規格 40cm×40cm
  • 素材 ブロンズ
  • 事業費 約1,000万円(まちづくり交付金事業 国補助4割、市費6割)

埋込サイン設置箇所(pdf形式:280KB)

◆筋名マップ発行

 筋名の由来などを楽しみながらまちじゅう博物館を散策する「筋名マップ」を発行しました。

◆筋名シンポジウム開催

 筋名復活に取り組んでいる地域から講師を招きシンポジウムを開催しました。

▼経緯

 平成15年10月29日、まちじゅう博物館整備検討委員会堀内部会より提言があり、これをうけ、「萩まちじゅう博物館行動計画」に記載。今年度より、筋名復活委員会を立ち上げ、国の補助金(まちづくり交付金事業)を利用し、萩の筋名の復活に取り組む。

  • まちじゅう博物館整備検討委員会 堀内部会より提言
    藩政時代より、萩の城下町の各筋には名前がつけられており、永く親しまれてきましたが、残念なことに現在はあまり使用されていません。そこで、萩開府400年を記念して、筋名の復活を提案します。
  • 筋名復活委員会について
    会長:萩まちじゅう博物館 館長 高木正熙
    委員:31人
    設立:平成19年7月10日

▼萩の筋名の起こり

 萩は、周防・長門両国を領有した毛利氏36万9000石の城下町として江戸時代、260年間にわたって栄えてきました。城下町は計画的につくられた都市で、町割りにあたっては、いくつかの基準となる街路をまず設定。その街路に平行、あるいは直交する形で、方角や防御・防災などを考慮し、城下町特有の街路がつくられていきました。
 萩の筋名は、複雑で数多くつくられた城下町の街路を特定するために名付けられたものと思われます。

▼萩の筋名の特徴と由来

 現在、萩三角州内に約250の筋名が確認されており、それぞれに様々な由来があります。なかでも同業の商人や職人たちが集まって住んでいた城下町らしく、職業名にちなんだものが多いのが特徴です。

◆職業にちなんだもの

檜皮町(ひわだちょう)・小道具町(こどうぐちょう)・鍛治屋町(かじやちょう)・飴屋町(あめやちょう)・紙屋町(かみやちょう)など

◆施設名にちなんだもの

水車筋(みずぐるますじ)・勘場丁(かんばのちょう)など

◆伝承にちなんだもの

猫町(ねこのちょう)・高句麗垰筋(こくりがたおすじ)・三年橋筋(さんねんばしすじ)など 

▼筋名面白ストーリー

◆猫町(ねこのちょう):萩博物館西に隣接する南北に伸びる筋
猫町  毛利輝元の家臣長井元房には、かわいがっていた猫がいた。彼が輝元の後を追って殉死すると、その猫は、主人の後をおって主人の墓の前で死んでいたという。この筋に長井の屋敷があったことから、猫町と呼ばれるようになった。

◆糸鬢町(いとびんちょう):菊屋横町から南に伸びる非常に細い筋
糸鬢町 江戸時代、若者の間で糸鬢というヘアスタイルが流行した。この筋が非常に細く、ヘアスタイルの鬢の形状を思い起こすことから糸鬢町の由来となった。

◆水車筋(みずぐるますじ):萩建設会館と萩商工高校の間の筋
水車筋 当時この地域(現在の「果子乃季」あたり)に、蝋を作る水車があったことから、この筋は水車筋と呼ばれるようになった。