宅配便 5

萩の海に珍しい来客
〜 アミダコ 〜

 

アミダコを寄贈してくださった椙本さん(右端)と、興味深げにアミダコをのぞきこむ博物館職員


郷土博物館に寄贈されたアミダコ(左: 背中側、右: 腹側)



アミダコが捕獲された現場の萩市越ヶ浜・嫁泣港


※いずれも写真をクリックすると、
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1■郷土博物館に「謎の生物」届く

 1月29日午後4時半ごろ、萩市越ヶ浜の椙本博昭さんから「タコかイカか分からない生き物が採れたのですが何でしょう?」と電話が入りました。そこで、「よろしければお持ちいただけますか?」とお願いしたところ、椙本さんは快く応じてくださいました。
 まもなく、椙本さんの軽トラックが郷土博物館に到着しました。職員みんなで近寄ってみると、荷台に載せられた海水入りの大きな水槽の中で、その「謎の生物」は体を丸めてプカプカと漂っています。タコかイカには間違いないようで、墨を吐いたらしく海水は薄黒く濁り、漏斗(ろうと)らしきところからビュッと水を吐き出します。

2■「謎の生物」の正体

 早速この生物の体を詳しく調べたところ、胴体の腹面のゴツゴツした網目状のうね、胴体から伸びる8本の長い腕、腕と腕の間に膜がないこと、などから「アミダコ」というタコの仲間と判明しました。体全体で55センチ、外套(胴体の部分)だけで25センチの長さがあり、その大きさから雌であることも分かりました。椙本さんの話によると、この日の午後4時ごろ、同僚の内田正男さん(福栄村在住)と小池松利さん(萩市在住)が越ヶ浜の嫁泣港の中を漂っていたところを、岸壁からソデイカを引っ掛けて獲るための鉤つき棒で捕獲したとのことです。博物館はこのアミダコの寄贈を受け、これからホルマリン液浸標本として資料化する予定です。採集・寄贈してくださった椙本さん・内田さん・小池さんに、深くお礼申し上げます。

3■日本海への珍客

 日本のイカ・タコ学の第一人者・奥谷喬司先生(東京水産大学名誉教授)に連絡したところ、アミダコは全世界の暖かい海に棲み、日本では太平洋側で時々発見されているものの、対馬海流に乗って日本海に入ってくることは珍しいとの情報をいただきました。
 実際、山口県の日本海側でもアミダコの目撃に関する記述はほとんど見つかりません。萩市では、はるか68年も前の1936年10月に当時の萩の博物学研究家・田中市郎氏が次のような記録を残しているだけです ― 「萩市越ヶ浜の漁夫が一昨七日萩沖合で大敷網に従事していたところ、これまでかつて見たことのない珍妙な大章魚(おおだこ)を捕獲した。このものは俗に頭と呼ぶ部分すなわち胴体は手に比べて素敵に大きく(胴の直径8寸(約24cm))かつ美しく、その片面の腹にあたる方は骨かと思わるるほど堅いイボだらけで、そのイボとイボの間は少し高まり畝(うね)になり、全体が網目に似ている、頸(くび)には上面と下面とに各一対ずつの穴がある。これはまさしく本州沿岸にて稀に捕らえられるという網ダコの雌で、ことに破格の大型のものである。」1)
 萩市以外の山口県日本海沿岸では、県水産研究センターの河野光久専門研究員が1991年に長門市の海岸で一度目撃されたとのこと、そして、昨年あたり下関周辺で採集された標本が水産大学校に保管されているとのことですが、今のところ、他にはこの地域からの目撃例は得られていません。大勢の漁業関係者の方々が活躍しておられる、伝統ある水産県・山口県でさえ、アミダコは珍しい存在のようです。

4■アミダコの体のつくりと暮らし

 奥谷先生が、アミダコの体のつくりや暮らしについての興味深いお話もしてくださいました。お話によると、アミダコは背中の内部に空洞がありその浮力で海を漂い、海中では全部の足を胴体にピタッとくっつけ、まるでラグビーボールのような形で浮遊しているとのことです。また、雌は全長50cm以上になるものの、雄はとても小さく15cm程度にしかならず、サルパ(浮遊して暮らすホヤの仲間)の中に入って一緒に漂っているのが目撃されているのだそうです。
さらにおもしろいことに、雄は右から3番目の腕が100個もの吸盤をもつ巨大な腕に変形しており、雌と交接する際にその腕の先に自分の精子を包んだ袋(精包)をもって雌の体内に差し込み、腕ごと切り離して雌の体内に置いてきます。こうして雌の体内に残された雄の腕を見た18世紀のフランスの博物学者キュビエは、それをタコに取り付いた寄生虫と思い込み、「ヘクトコチルス・オクトポディス」(「タコにとりついた百イボ虫」という意味)と命名して発表したとのこと。現在、タコやイカの雄の交接用の腕のことを学術用語で「ヘクトコチルス」と呼ぶのは、それにちなんだものだそうです。

5■皆さんからの海洋生物情報をお待ちしています

 これからも郷土博物館では、萩近海のどんなところにどんな生き物が棲んでいるのかを明らかにしていくため、皆さんからの発見情報をお待ちしています。萩あたりの海で、これは珍しいんじゃないかな、という生き物を見つけられましたら、是非博物館までご連絡ください。

6■おわりに

 アミダコに関して様々な情報を賜った奥谷喬司先生と、山口県日本海沿岸でのアミダコ発見情報をご教示くださった小林知吉氏・河野光久博士(山口県水産研究センター)と荒木晶博士(水産大学校)に感謝いたします。


【参照文献】
1) 山本勉弥(編), 1950: 珍魚の誉. 萩文化叢書第2巻. 62 pp., 萩文化協会, 萩.