文とゆかりの地 5 吉田松陰の墓ならびに墓所
吉田松陰の墓は、松陰誕生地に隣接し、団子岩とよばれる小高い風光明媚な場所に建っています。
墓碑は高さ0.8m、幅0.45m、礎石からの高さ1.6mの花崗岩質の自然石で作られています。
表に「松陰二十一回猛士墓」、裏に「姓吉田氏、称寅次郎、安政六年己未十月二十七日於江戸歿、享年三十歳」と刻まれています。
松陰の没後百カ日に当たる万延元年(1860)2月7日、生家の杉家では百カ忌を営み、家族や親戚、門人が出席し霊を弔い、遺髪を埋めました。そして、同月15日に松陰の墓碑を建立しました。
また墓前には、当時松陰は罪人であったにも関わらず、前原一誠、久坂玄瑞、高杉晋作、入江九一ら門人17人、それと松陰の妹たちが寄進して、その名を公然と刻んだ石製水盤、花立、燈籠が供えられています。松陰が門下生らから慕われていた証ではないでしょうか。
また、この墓所には杉家、吉田家、玉木家、そして久坂家一族や高杉晋作などの墓もあります。
この地は松陰と、そして最もゆかりの深い人々の墓所として、歴史的にも重要なものです。(参考「萩市の文化財」)
〔吉田松陰の墓ならびに墓所〕
・市指定史跡(昭和47年2月9日指定)
・所有者 個人
・所在地 萩市大字椿東
・指定面積 313.8平方メートル
・アクセス 萩循環まぁーるバス(東回りコース)「松陰誕生地前」バス停から徒歩すぐ
・駐車場 普通車40台