宅配便 10
玉江浦で採れた珍魚・テンガイハタ

 


図1 テンガイハタ(体長96.0cm)(拡大)

 


図2 テンガイハタの口(拡大)

 


図3 テンガイハタの顔面

1■田中さんからのご一報

 6月16日朝、山口はぎ漁協・玉江浦支部の定置網で珍しい魚が採れたと、同支部・準組合員の田中義信さんから堀に連絡が入りました。早速田中さん宅におうかがいしたところ、たくさんの小魚と一緒に箱に入った、タチウオを幅広くしたような魚が目に飛び込んできました。神々しく銀色に輝く体、美しい朱色の背鰭(せびれ)、角張った額(ひたい)、白金に漆黒の墨をたらしたような目 ― この魚はまさしく、稀にしか採れない深海魚・テンガイハタではありませんか。
 この魚をご寄贈いただいた後、興奮冷めやらぬうちに館に持ち帰って計測や撮影をおこないました。体長96.0 cm、体高10.2 cm、体幅2.7 cm、重量548.3 g。当館は昨年の6月1日に豊北町の海岸に漂着した体長72.0 cmのテンガイハタの若魚の剥製も所蔵していますが(「萩博物館だより11」「お初にお目にかかります4」)、今回のものはそれより大型です。ただ、テンガイハタは成長すると体長2.7 mにもなることが知られていますから、今回のものも若魚のようです。

2■テンガイハタの出現について

 アカマンボウ目フリソデウオ科のテンガイハタは沖合の中層域にすみ、これまでに青森県〜高知県沖、中央太平洋、ニュージーランド、南アフリカ、地中海1)2)のほか、山口県の日本海側から文献報告があります3)。山口県ではほかにも、昨年6月の豊北町での発見をはじめ、これまでに数回ほど目撃・漁獲例があったようです。
 今年はテンガイハタをはじめとするアカマンボウ目の珍魚の目撃例が多く、先日「萩博ニュース」で公表したフリソデウオ・ユキフリソデウオ・アカナマダのほか、6月中旬から下旬にかけて福岡県の玄界灘沿岸で近縁のサケガシラの出現が相次いでいるとのことです。当館では、日本海の南西部でこうした魚が続々と出現している原因を探るべく、他の博物館・水族館・研究機関とも連絡をとり、まずは基礎データとして今後も周辺海域でのこの類の出現状況の詳細を把握していきたいと考えています。

3■テンガイハタの顔

 「萩博物館だより11」で紹介しましたように、テンガイハタは顎(あご)が伸びたり縮んだりできるようになっています。このたび玉江浦で採れたテンガイハタも、顎を動かすと図2のように口が斜め下に突き出るように長くのびました。口を伸ばした姿は、赤い鬣(たてがみ)をたなびかせた馬のようですね。
 顔面の写真も撮ってみました(図3)。この魚は体の側面も背中も腹も銀色なのに、なぜか顔面だけがペンキで塗ったように真っ黒です。普通、イワシやブリなど海の表層や中層を泳ぐ魚は、上下から来る敵から身を守ったり獲物に近寄ったりするため、上下から見た時の自分の影を減らしたり姿を背景に溶け込ませるため、日光が当たる背中側が黒や紺などの暗色、当たらない腹側が白や銀などの淡色になっています(これをカウンターシェーディングといいます)。しかし、テンガイハタは先日の「萩博ニュース」でご紹介したフリソデウオと同じように、生きている時は顔を上に向けて斜めに立って泳ぐと思われるため、背中や腹ではなく顔面が暗色になっているのかもしれません。

4■おわりに

 今回のテンガイハタをご寄贈くださった山口はぎ漁協・玉江浦支部の福永護理事、小橋俊二船長、および支部の皆様に深謝いたします。また、さまざまな面で便宜を図ってくださった準組合員の田中義信さんに、深くお礼申し上げます。


(平成16年6月24日作成)


参照文献
1) 林 公義, 2000: フリソデウオ科. In: 中坊徹次(編) 日本産魚類検索 全種の同定 第2版. pp. 404-406, 1492. 東海大学出版会, 東京.
2) 今村 央・石戸芳男, 1997: 青森県における分布が確認されたフリソデウオ科の稀種テンガイハタ. I.O.P Diving News, 8(4): 2-3.
3) 小林知吉, 1998: 山口県日本海沿岸で漁獲されたテンガイハタTrachipterus trachypterusとその卵巣卵. 山口県外海水産試験場報告, 27: 57-58.