おたからノートvol.1

萩のこれからトークイベント レポート

このレポートの役割

萩まちじゅう博物館の「これから」を、萩に関わる多様な人々と一緒に考えていくために開かれた本トークイベント。このレポートは、議論の結論を示すものではなく、当日共有された多様な視点や感覚を持ち帰り、それぞれの現場で考え続けていくための「途中経過の記録」としてまとめたものです。トークイベントの場で共有された「視点」や「考え方」を知ることで、読み手の皆さんが、それぞれの現場での今後の実践を考えるヒントとしていただければ幸いです。

萩のこれからトークイベント

登壇者プロフィール

木村さん木村隼斗さん(長門湯本温泉まち株式会社 エリアマネージャー)

2015年から3年間、経済産業省から長門市への出向をきっかけに長門湯本温泉観光まちづくりの推進に携わる。2020年から現職。長門湯本でこれからの旅と暮らしの文化を考え、一緒にまちを楽しむ人を増やしていきたいと考えている。

 

塩満さん塩満直弘さん(株式会社hase代表、株式会社Backpacker’s Japan CCO)

カナダ、アメリカ、神奈川を経て、萩へUターン。2013年にゲストハウス「ruco」を開業。山陰本線の駅でまちのキオスク「Agawa」をオープンするなど、いろいろな人と場所に関わりながら活躍中。菊ヶ浜で泳ぐことをこよなく愛する。

 

菊屋さん菊屋 京さん(公益財団法人 菊屋家住宅保存会)

重要文化財 菊屋家住宅の一般公開・管理運営を担う。江戸時代から続く建物の価値を守りつつ、公開・見学にとどまらない観光への活かし方を模索する。建物や景観とともに萩に根付いてきた文化を大切にしていきたいと考えている。

 

松田さん松田 澪衣菜さん(特定非営利活動法人aaiine、ポートサンスタンド)

2016年に萩に移住。オランダ滞在を経て、現在は宇部と萩を行き来している。2023年にNPOを立ち上げ、浜崎で「ポートサンスタンド」を開業。いいなと思う風景を写真に撮り、萩の好きなお店に足繫く通い、大切にする努力は惜しまない。

 

瀬木さん瀬木 広哉さん(株式会社アタシ社取締役、本と美容室萩店)

2024年6月から浜崎で「本と美容室」を運営。もともとは記者として文芸記事の取材や執筆を仕事にしてきた。現在は編集者という立場で、さまざまな本や雑誌の編集に携わる。萩の今在る土壌を大切に、新しい風を入れていきたいと考えている。

 

もくじ

  1. 残す+つくる(作る・創る・造る)
  2. なぜ、残すのか?
  3. 広域エリアの中の萩のことを考える。
  4. 100年後の未来の他者に何を残す?
  5. 今後どんなことに取り組んでいきたい?
  6. エピローグ

1.残す+つくる(作る・創る・造る)

まず、登壇者それぞれから、歴史資源を「残すこと」と「つくること」について、それぞれどう考えているかが語られました。この場での「歴史資源」は、建物や史実だけではなく、暮らしや文化、自然の地形や景観も含むものとして認識が共有されていました。

それらを未来につなげていくためには、ある資源を活かしつつ新しいものをプラスして魅力的にしていくことや、「変えたくないもの」と「変えた方がいいもの」を分けて考えていく視点が示されました。

また、人々の思いが積み重なって、丁寧に守られてきた場所だからこそ、外から来た者の目線で「もっとこうやったらいいのに」ということも、地元に根っこをもつ人々とうまく連携や協力しながら事を起こしていく姿勢が求められているのではないか、という意見も出されました。

さらに、時間軸を長く捉えて「過去が現在につながり、現在が未来へとつながっていく」という想像力や、「誰かに共有したい!」という想い、それぞれの「好き」という感情が、これからの実践においては大切になっていくのではないか、という意見が交わされました。

会場の様子

2.なぜ、残すのか?

次に投げかけられた問いは「なぜ、残すのか?」でした。

「文化財だから、残して活かすべき」という義務のような捉え方は、時に息苦しさを伴う。だからこそ、自分の内側から「残したいな」という気持ちが湧いてくることが大事ではないか?という意見から議論が始まりました。

はっきりとした答えはない中で語られたのは、長い時間をかけて人々が暮らしてきたからこそ、今ここに“現物”が残っていることの重みでした。伝統建築そのものだけでなく、修理や補修を担う大工や左官の技術、材料、そしてそこに住み続ける人の存在があって、萩の景観は保たれてきた。文化財指定の有無にかかわらず、「人が暮らしていること」そのものが、まちを残してきたのではないか、という視点です。

こうした話は、「贈与論」や「死者の民主主義」という考え方にも通じます。今ここにある私たちの暮らしや環境は、無数の先人たちの日々の営みの積み重ねによって与えられてきたもの。その感覚は、外から来た人にも伝わり、それに対する敬意や驚きが、この場所に関わり続ける原動力にもなっていくのではないか、という指摘がありました。

萩を単に「きれいなまち」として見るのではなく、その美しさを捉え、残したいと願ってきた人たちがいたからこそ、今がある。そこを丁寧に拾い上げる人と、それを受け止める側の余裕や心の豊かさがあって、はじめて成り立つものだという実感も共有されました。

また、地元に残るか外に出るかを問わず、「安心して戻れる場所」があることが、人がポジティブに社会に関わったり、チャレンジしていく力になるのではないかという意見もありました。地域がもつ歴史文化の文脈と新しい活動がつながっていることに気づくと、その場所はさらに魅力的に見えてくる。そして、自分の好きな景色・見たい景色を大切にしながら、今のまちで自分が果たせる役割が合致して萩でチャレンジできたからこそ、次の世代にも同じように可能性を感じてもらえるように関わり続けたい。それが未来につなげていく原動力になっているかもしれない、という声もありました。

「なぜ残すのか?」という問いに、明確な答えはありませんでした。ただ、それぞれがこの土地や先人から「与えられてきたもの」に気づき、その延長線上に未来へのまなざしを持ち、これからに対する希望や原動力を得ている。そのことが、会場全体でじわじわと確認された時間だったように思います。

会場の様子

3.広域エリアの中の萩のことを考える。

続いて、少し視野を広げて、萩というまちを「萩単体」で捉えるのではなく、長門や益田など周辺地域を含めた広域エリアの中で考える視点が共有されました。

実際に来訪する人や日常的に行き来する人にとって、市町村の境目はそれほど重要なものではありません。萩・長門・益田といった地域は、感覚的にはひとつながりのエリアとして受け止められている、という実感が語られました。

外から移り住んできた立場からは、山口県内の市町村ごとの個性の強さに驚いた一方で、だからこそそれぞれを行き来し、交わることで新しいものが生まれる可能性を感じているという声もありました。また、海外のガイドブックでは長門湯本温泉が「Beyond Hagi」というエリアで紹介されていたというエピソードや、「萩・長門おとずれ号」のように交通の面でも萩と長門が自然につながる動きが生まれていることから、すでに暮らしや観光のレベルでは地域同士がつながっている現実が浮かび上がります。

行政区分で大きく構えると、ちょっと気持ちが遠くて、「何か一緒にできたら」という言葉に苦笑いされてしまう関係も、個々の人と人とのつながりとして見れば、実はとても近いところにある。無理に行政単位でどうこうする形ではなく、「人」単位でつながりを積み重ねていくことで、もっとつながりが太くなって、それが自然と感じられるような形にできたらいいのではないか、という認識が共有されました。

広域エリアに共通する価値として、菊屋さんから語られたのが、「そぞろ歩いて感じるもの」の魅力でした。わかりやすい絶景や一時的な流行ではなく、歴史を背景に持つまちの景色や空気を、歩きながらゆっくり味わう時間。海風や空の広さ、日々変わる光や匂いといった、言葉にしづらい感覚も含めて体験できることが、このエリアならではの魅力なのではないかという捉え方に、会場全体がうなずくような空気がありました。

どこか一地点を目指す観光というよりも、まちの中を行き来しながら、関係性や空気を味わう時間そのものに価値を見出す。そんな過ごし方が、このエリアではごく自然に受け止められているようにも感じられます。

萩・長門・益田といった地域は、こうした感覚を分かち合える場所として、将来的にもゆるやかにつながっていく。──その可能性を、会場の空気の中に感じ取った時間でもありました。

会場の様子

4. 100年後の未来の他者に何を残す?

議論の時間も終盤に差し掛かり、話題は「100年後の未来」を想像する問いへと移っていきました。それぞれの発言に対してまとめや結論を置くのではなく、個々の感覚や思いをそのまま差し出すような、少し軽やかで開かれたやり取りが続きました。

松田さんは、「懐かしさ」という感情そのものに、未来へ残したい価値を見ていました。
──「萩は、年中、夏休みみたいな空気で、不思議と懐かしさを感じる。それが形としてどんなものかといわれるとちょっと難しいが、「美しい」という言葉には集約されない、心が揺れ動くグラデーションみたいなものが少しでも多く萩に残っているといい。」

塩満さんからは、具体的な風景と、このまちが人に与える影響の両方が語られました。
──「ひとつは、本当に海が大好きなので、菊ヶ浜の風景・存在は、残っていてほしい。もうひとつは、このまちで出会ってきた人の人生の中でちょっとした転機になるような機会を、このまちは作っているな、というのが自分の体感。このまち特有の空気感・景観・時間の流れみたいなものすべてがあいまって、そうさせているのかな、と思う。それは、何年たっても変わらず残っていてほしい。」

木村さんは、未来を規定しすぎない姿勢そのものを、大切にしたいと語りました。
──「100年後に何を残したいかは、100年後の人が考えればいい。上の世代の人が次の世代につないでいくということは、とても大事なことではあるけれど、今の人たちが楽しんでいないと、次の人たちも絶対それをつないでくれないと思う。しっかり本物を楽しみ続けるという根本的なところはずっと大事じゃないかなと思うので、そういう意味では100年後にも楽しくチャレンジしていってほしい。」

語られたのは、具体的な風景であったり、言葉にしづらい感情であったり、あるいは未来を委ねる姿勢そのものでした。

どれも、それぞれの立場から差し出された「残したい」というシンプルな思いだったように思います。

そして話題は、この問いを受けて、これから自分たちは何に取り組んでいくのか、という実践の話へと移っていきました。

会場の様子

5.今後どんなことに取り組んでいきたい?

最後に、このトークイベントの締めとして、皆さんがそれぞれ今やっていることを踏まえて、今後どんなことをやっていこうと考えているかを語っていただきました。

木村さん──「今やっていることが次の暮らしの文化にしっかり根付いていくことが改めて大事なんじゃないかと思っている。恩湯があって、川が流れていて、そこに小さい表現がいっぱいあって、それをみんなで楽しんでいるという状態が当たり前になって、「これが長門湯本の生活文化だよね」という感じがつくれるといいなと思っている。」

塩満さん──「言葉にするとちょっと大げさかもしれないが、何か「教育」にまつわるようなことをやりたい。まちの中でちょっとした気づきや学びをお互いに享受し合えるというか、それを各業種を超えて渡し合えるような機会が生まれるような。場所なのか何なのか、企画なのかわからないが、世代の幅も超えながら、何かこのまちの中でできるようなことを創造していきたいなと漠然と思っている。」

菊屋さん──「自分たちの世代で、これからどれほどできるかわからないけれど、逆に、菊屋家住宅を含めて、今からつなげていく人たちがいろんな可能性を持って何かやれるように、できるだけのことをやりたい。

文化財としての建物や、中の生活文化を見ていただく見学も大事にした上で、抹茶にまつわる体験や、夜の開館「ナイトミュージアム&夜カフェ」というイベントもやっている。人の生活は日中だけではなくて夜間も続くので、今のような便利な灯りがない時代の暮らしを感じていただいたり、その中でコンサートや落語もやったりして、昔の人が「こんな形で、こう使って楽しんできたのかな」という部分をもう少し掘り起こしたい。

また、まちじゅう博覧会などの機会に、他の事業者さんの考えや思いを知ることができたり、その中で一緒に何かをやれる可能性、単体では思いつかないおもしろいこと、菊屋家本来のものを変えずにできることもいっぱいあると思うので、そういうことを次につなげていきたい。」

松田さん──「一人でできることの限界や自分の無力さみたいなのを常々感じているので、やっぱりいろんな方と連携をしながらいろいろやっていきたい。今日、会場の写真を撮っている吉岡さんも一緒に活動するメンバーで、彼女と「自分らしい遺影の撮影」というのを今後やっていきたい。ただ「遺影の撮影やります!」だけでは、ちょっと広がりがなかったり、まだまだいろんな可能性があると考えているので、ぜひアイデアをいただきたいし、そういったところでいろんな方と連携していきたい、というのがひとつ。

もうひとつは、いいなっていう景色とか、好きなパン屋さんとか、好きなスナックとか、そういったところがなくならないように、できることは足繁く通うことと、それをお店に伝えることに限るかなと思っているので、そこは惜しみなく努力していきたいなと常々思っている。」

会場の様子

6.エピローグ

皆さんの発言を書き起こし、並べていく中で気づいたのは、実践者だからこその、地に足のついた視点や考え方でした。背伸びをしすぎることはないけれど、希望は見失っていない。遠い未来を声高に語るのではなく、いま取り組んでいることの延長線上にある未来を、それぞれが静かに、じんわりとした熱を持って思い描いているように感じられました。

語られていたのは、何か特別で大きな目標というよりも、暮らしの文化や、このまちで生きる人や場所を大切にし続けること。そして、無理のないかたちで、等身大の連携の可能性を探っていこうとする姿勢。まだ輪郭のはっきりしない思い、すでに日常として積み重ねられているささやかな実践でした。

けれど、こうした姿勢や思い、ひとつひとつの実践の積み重ねこそが、「萩のこれから」を支えていく大切な土台になっていくのではないか──

トークが終わったあとに自然と生まれた雑談や笑顔、会場全体のあたたかい空気の中に、その答えがにじんでいたように感じました。

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text 萩まちじゅう博物館推進員 山本明日美

edit & photo aaiine

2026年3月6日更新