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文とゆかりの地 1 吉田松陰誕生地

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年2月9日更新

吉田松陰誕生地 吉田松陰は、天保元年(1830)に家禄26石萩藩士杉百合之助の次男として松本村(現在の椿東椎原)で生まれました。誕生地は護国山の麓の萩城下を一望できる「団子岩」と呼ばれる高台で、風光明媚な所にあり、松陰のほか文などの兄弟もこの地で生まれました。
 現在ここには、後に住んでいた人の記憶により、当時の間取りを示す敷石が復元されています。それをみると、3畳の玄関と6畳2間、3畳2間と台所、それと別棟の納屋と厩という簡素なものだったことが分かります。
 松陰が家族とともに松本村清水口へ転居する19歳まで、人間としての形成期を過ごした場所で、両親や兄弟とともに農耕に従事し、父から漢籍の素読などを受けた思い出深い場所です。松陰はここで過ごした頃のことを、嘉永3年(1850)10月25日の「西遊日記」の中で「夢を記す」として夢に見たことを書き記しています。
 この地は当時の趣をよく残しており、幕末維新の史跡として貴重な場所となっています。この場所から松陰や文も見た日本海に張り出す指月山の景色が今も広がっています。
 なお誕生地の石碑の揮毫は、塾生だった、山県有朋によるものです。 (参考「萩市の文化財」)吉田松陰誕生地入口

〔吉田松陰誕生地〕

・市指定史跡(平成13年12月20日指定)吉田松陰誕生地マップ
・所有者 萩市
・所在地 萩市大字椿東
・指定面積 2566.63平方メートル
・アクセス 萩循環まぁーるバス(東回りコース)「松陰誕生地前」バス停から徒歩すぐ
・駐車場 普通車40台